ストーリーライト3月28日版

 ストーリーライトとは、あるシチュエーションを決め、1時間の時間制限の中で掌編をでっちあげる無謀な企画です。できたもんをそのまま掲載してあります。誤字脱字は味。珍味。

 今回のお題は「両親の実の子ではないと知った親友」です。


正田:

「今から家に行ってもいい?」
 相川からメールが来た。時計を見たら23時を過ぎている。きっと何かあったのだ。
「俺のほうから行くよ」「だめ。私が俊介のところへ行く」
 いよいよとんでもないことがあったのだ。10分後、玄関で母の「あらいらっしゃい、どうしたの」という声が聞こえた。家族は俺と相川の関係を承知している。部屋を出て階段から玄関を見降ろした。「よお」「俊介、ごめんね、急に」ジャージにコートという姿がそこにはあった。母は空気を察したのか奥に引っ込んだ。
 相川の背中を押した。俺が後から自室へ入った。相川はドアの傍で突っ立ったままだ。「座れよ」コートのそでをぎゅうと握りしめている。よほどのことがあったのだ。俺はベッドに腰を下ろした。もう一度「座れよ」と言った。相川はゆっくりとベッドに近づき、すとんと落ちるように座った。
「ごめんね」「いいから。そうだ、何か飲むか」
「いい。聞いて」
 腰を浮かせた俺の腕を相川が強い力でつかんできた。
「あのね。私ね、お父さんとお母さんの娘じゃなかった」
 何を言ってるんだ、どうせ何かの間違いだ、とは言えなかった。相川はおっとりしている。のんびり屋のこいつは、監視していないと間違いを犯す。相川のおじさんとおばさんは朝が早いときがあった。その日もおじさんとおばさんが先に出ていて、「私はお茶をしながらさわやかな朝を過ごしていますよ。たまには優雅なひと時をね」なんていうメールが来た。「学校はあるんだからな」と送ったら「わかってる!」と返ってきたのだが。学校へ行く時間になって、相川家の玄関で相川が出てくるのを待っていたらいつまで経っても出てこない。まさか、と思って家に上がるとこいつは新聞を読んでいた。「俊介、意外と面白いね」なんてとぼけたことを言った。「時計を見ろ」と時計を指さすとあいつの顔色が変わった。
 今回もおじさんとおばさんの会話を聞き間違えたのだろう、と思った。だが、初めて見るような真剣な表情に、俺は黙るしかなかった。
「今まで黙ってたけどおまえに大切な話があるんだ、だって。大学受験近いじゃん。もう大人だから黙っておいたら後で間違いのもとになるし、もう明かしても大丈夫だろうって」
 相川の家と俺の家は隣の隣だ。ラブコメにあるような、嘘のような本当の幼馴染だ。小学校からずっといっしょだった。いつからかお互いに異性として意識するようになり、俺たちは新たな段階へ踏みだしていた。
「美波は本当の娘じゃないんだ、っていうし、お母さんは、私が産んだ娘じゃなかった、っていうし」
 おじさんとおばさんは相川のことを愛している。ものすごく大切にしている。それを俺はよく知っている。俺の見ていないところではそうではなかった、なんてこともありえない。相川の話は続いた。本当の両親は、15年前の神戸の地震で死んだという。2歳の相川をおじさんとおばさんが預かったのだそうだ。おじさんの兄弟の娘で、他に親類がない。相川には行き場がなかった。当時まだ子供のなかったおじさんとおばさんは相川を育てることにした。
 そういえばうちの父と母はやたらと相川のことを気にかけることがあった。もしかして、事情を知っていたのだろうか。
「でも、お父さんとお母さんの娘なんだぞ、って。私、どうしたらいい? 全然わかんない」
 なるほど、おじさんたちは秘密を明かしただけなのだ。だからと言って何も変わらない。そういうことなのだ。俺がこいつに言ってやれることはひとつだ。
「今までどおりじゃないか。何も変わらない。そうだろ」
 こいつも心のどこかでそれをわかっているはずだ。
 玄関の呼び鈴が鳴った。母の声がして、おじさんたちの声がした。(ええ、来てますよ)(実は例のことを明かしたんです)会話は途絶え、玄関から声が消えた。たぶん、外に出たのだろう。
「迎えに来てくれた。とてもいい親だよな。本当にいい親だ」
 俺は立ち上がり、相川の手を引っ張った。少し抵抗したが、そんなことにかまわなかった。強く引っ張った。部屋から引きづり出した。階段を下りて、玄関のドアを開けると、やはり母とおじさんたちがいて、父も加わっていた。
「ほら」
 相川の背中を強く押した。おじさんたちに押しつけるようにした。
「おまえさあ、愛されすぎだ。最高の幸せ者だ」
 母が目を細めてニヤリとするものだから、俺は顔が熱くなるのを感じて家の中に引っ込んだ。扉の向こうからおじさんの「俊介君、ありがとう」という声が聞こえた。
 相川は泣いていなかった。おじさんとおばさんの間に押し込まれて、照れていたからきっと大丈夫だ。


川口:

「ちょっと、聞いてくれる?」
 学校帰り、不意に友美が駆け出して、三歩先で立ち止まると、くるりと制服のスカートがひるがえっていて、友美はあたしのほうを見ていた。
 夕焼けを背中にして、あたしは友美の顔をはっきり見ることができなかったけれど、とても「ちょっと」なんていう軽い感じではなかった。だけどあたしがそういう細かいところにつっこむと「また綾乃は!」と怒られてしまうから、あたしは黙って素直にうなずくだけにしておいた。
「好きな人ができたの」と友美は言った。
「またぁ?」
「なに」
「この間の大学生はどうなったの?」
「もう別れた」
「最短記録の更新?」
「別に、綾乃にぜんぶ言ってるわけじゃないよ、付き合ってる人のこと」
「冷たいなぁ」
「だって本当だし。つか綾乃ってあんまし興味ないじゃん、そういうの」
「そんなことないけど」
「ほんとに?」
「ほんとほんと」
「綾乃はすぐに嘘つくから」
「まぁそうだけど。で、誰? あたしの知ってる人?」
「うん」
「ごめん、あたし、友美に言ってないことがある」
「うん、知ってる。アニキから聞いた」
「そっか、お兄さん、喋っちゃったのか」
「うん」


浅羽:

 おれが軽音楽部の部室にいくと、親友の斎藤忠義はトランプ・タワーを作っている最中だった。斎藤は感情をあまり表には出さないほうだが、その時奴の顔にははっきりと沈鬱な色が浮かんでいた。大切な睾丸を両方落としてしまって、しかもその場所の見当がまったくつかないとでもいったような風情だった。
「よう、クソッたれ」おれは言った。
「“クソッたれ”? お前自分に挨拶してんのか」タワーから視線を動かさずに、斎藤が答える。「小学校の頃、便所でクソをするのが恥ずかしくてパンツの中に盛大に漏らしちまったのはおれじゃない。お前だ。――それからくれぐれも警告しとくけどな、ドアは慎重に閉めろよ。勢いよく閉めてタワーを崩したら、お前のカボチャ頭が天井にぶつかった後、床に二、三回バウンドするくらいの勢いでケツを蹴り上げてやるからな」
「安心しろって」おれはウインクをした。「お前にはおれが友達の期待を裏切る男に見えるのか?」
 おいやめろ、と言いかけた斎藤を無視して勢いよく後ろ手にドアを閉めると空気が揺れ動き、一番上まで組み上げられていた塔があえなく崩れた。裏返ったジョーカーがやつを見上げて嘲っていた。
 クソッ、毒づきながら、奴は手に持っていたトランプを机に放った。
「あのな、高屋敷、無学なお前に教えてやるが、バベルの塔ってのは神様が壊すもんなんだぞ」
「現代地方都市版のバベルの塔は違う。おれが壊すのさ。もう一度組み直せよ。また壊してやる。そうすりゃ今度は賽の河原の再現だ」
「見下げ果てたゲス野郎だな、お前は」
「死んだお袋もよくそう言ってた。お袋は内閣総理大臣の名前も言えない馬鹿だったけど、その点については正しかったね。――で、斎藤くんよ、お前に何があったんだ。親友のおれに話してみろよ。少しは心が楽になるかもしれないだろう」
「クソ。むかつぜ、お前」
「あいにく、それは誰にも言われたことはないな」
「あるぜ。おれが言ったのさ。そしておれは正しいんだ、いつだってな。なにせ内閣総理大臣の名前だって言えるんだからな」
 おれは荷物を棚の抛ると、斎藤の向かいに腰掛けた。
 奴はおれの視線から逃げるようにトランプを集めると、箱にしまった。それから机に片腕を置き、おれに対して斜に構える。これは奴が本当に話したくないことを抱えている時の反応だ。おそらく本人はこれに気づいていないだろう。もちろん、教えてやる気は毛頭ない。おれは見下げ果てたゲス野郎だし、クソむかつく男だからだ。
「高屋敷、お前、おれの両親の顔は知ってたよな」
「ああ」おれは頷いた。
「親父とお袋――いや、あの二人って言ったほうがいいのかもしれんが、とにかくおれの両親は、おれの本当の両親じゃなかった」
 沈黙。おれたちは見つめ合った――フランス映画の恋人たちのようにまじまじと。しかしおれたちのあいだに張り詰めている空気は、甘ったるくも、ロマンチックでもありはしなかった。
 部室棟の反対側、グラウンドのほうから流れてくる運動部の掛け声。吹奏楽部が騒ぎ立てる〈ルパン三世〉のテーマ。
 まじで、とおれは声を出さずに訊いた。
 まじで、斎藤も声を出さずに答える。
 おれたちは同時に、いつのまにか詰めていた息を吐き出し、それぞれ椅子の背に凭れた。
「それで、腐った豆腐を食ったようなツラをしてたわけか」
「ああ。――教えられたのは昨日だ。昨日がおれの十八回目の誕生日だって知ってたか、おい、親友さんよ」
「知ってたに決まってるだろ」
「じゃあ昨日お前がおれにしたことを覚えてるか?」
「紙でできた三角帽子をかぶってお祝いの笛を吹いてやった」
「いいや。違うね。違う。お前は昨日、やる気のないおれにポーカーで勝負をしかけてきて、ボロ勝ちした挙句に、ラーメンを奢らせたんだ。そして驚くべきことに去年も同じことをやってる」
「驚きだろ? 誕生日の奇跡を見せてやったんだ」
「クソ。バールか何かでお前の脳味噌を矯正してやりたいぜ」
「おい、おれの話じゃない。お前の話だろ」
「ああ」やつは溜息をついた。「そうだった。――お前と別れた後、家に帰ってすぐに居間に呼び出されて、教えられたんだ。おれは叔父さん夫婦の子供なんだとさ」
「叔父さん夫婦?」
「ろくでなしさ。親父とお袋は、あー、今の親父とお袋は気をつかって、“ちょっと無軌道な二人”みたいな表現をしてたけどな。育児放棄をして行方不明になるような奴らはそう呼ぶのがふさわしい」
「で、お前はショックを受けたってわけだ」
「その通り。十七年間、いや十八年間信じ続けたものが、単なる物語に過ぎないってわかったわけだからな。正直な話、知りたくなかったぜ」
「大変だったんだな、斎藤」
「クソ。心配そうな顔しやがって、どうせ腹の底じゃ大笑いしてんだろ」
「当たり前じゃないか」おれは答えた。「弱ってるお前なんて、十年前に見たきりだ。おれが釣った魚をパンツに入れてやった時さ。体をくねくねさせるお前はかなりセクシーだったぞ。寂しい夜にはよく思い出して自分を慰めてる」
 斎藤はそれに何かを言いかけ、結局やめた。やつは掌に握りこんだ箱を見下ろし、しばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「それでもやってくしかねえんだよな。あのひとたち――親父とお袋を信じてさ」
「その通り」おれは言った。「たとえ崩れたとしても、トランプ・タワーは再建できるさ」
 斎藤はふたたび何かを言いかけ、またやめた。
 やつは箱からトランプを取り出し、タワーを組み始めた。真剣な顔で。慎重に、慎重に。そして――今度ばかりは、おれも邪魔をするようなことはしなかった。