ストーリーライト4月4日版

お題を決め、1時間の時間制限の中で掌編をでっちあげるこの企画。
今回のお題は

放課後の屋上

でした。できたもんをそのまま掲載してあります。誤字脱字はご愛嬌。


正田:2,640字

 俺の高校は全学年で900人いる。男子は465人。その男子すべてが一人の女の子の名前を知っている。その名は福島盛花(もりか)という。知らない男子はもぐりだ。福島盛花は黒髪ロングで、近くを通るととてもいいにおいがして、いつも笑顔で、誰に対してもやさしい。学園のアイドルってやつだ。福島盛花は 2年だけど3年の間でも1年の間でも有名だ。誰に対してもやさしくて誰をも拒まないしとんでもなくかわいいというから、「本当か? 見てみたい」というバカが福島盛花の教室に殺到して、それでも彼女は笑顔だった。せっせと対応したという。もはや生ける伝説だ。
「たいへんだ!」
 俺の教室へ白河が血相変えて飛び込んできた。授業が終わり、部活に行ったはずだった。白河の友人である俺への報告かと思いきや、教卓のそばで仁王立ちになった。
「3年D組の若松が福島さんに告白するんだってよ! 場所は屋上だ! まちがいない、屋上へ行く階段を上がっていく福島さんが目撃された」
 マジか、なんだと、今このときだと、若松ってけっこうイケメンじゃん、やべえ、阻止だ、皆が色目気立った。俺は、福島盛花のことが好きだったが、俺の好きはライクであってラブではない。福島盛花のことをアイドルとして見ている。しかし、そんなアイドルが皆のアイドルではなく一人の男によって一人の女にされてしまうかもしれない。というよりも、屋上で告白するというその光景を見てみたかった。
 俺は皆に続いた。
 女子はあきれていた。視線が冷たかったが、集団心理というやつによってあまり気にならなかった。
 走った。周りの男子も走ったからだ。
「若松! 待てこらあああああ」「若松を止めろ!」「こうなったら俺も告白だ」「待て待て待て、告白すんのは俺だ」「その告白、ちょっと待った!」
 皆が口々に叫んでいた。いつの間にやら廊下にあふれた男子は、誰もが福島盛花に告白することを決意してしまったようだった。ものすごくおそろしい状況だ。これは冷静になったほうがいいのかもしれない。
 廊下は、誰よりも早く階段に向かおうとする男子で押し合いへしあいになっていた。戦場だった。
「ところで白河、若松ってだれだよ」
「俺の部活の先輩」
「先輩なのに、呼び捨て?」
「それどころじゃねえ!」
 白河も必死だった。ここは2階だ。1学年に8クラスずつあった。どの教室からも男子が飛び出してきていた。どうやら、白河の声は一瞬にして広まったようだ。声は大きかったし、白河の話を聞いた男子が教室を飛び出して隣の教室へ行くのが見えたりもした。
 階段に大勢の男子が殺到した。上っていくことができるような状況ではなかった。階段は蜘蛛の糸になっていた。上の男子が下の男子を蹴落とし、蹴落とされそうなほうは足をつかんで引きずり降ろそうとしている。あまりにもひどい状況だった。
「だめだ、別の階段だ」
 校舎には真ん中にひとつ、両端にひとつずつ、階段があった。この真ん中の階段をあきらめて他の階段へ回ろうとする者がいた。でも、屋上へ続く階段は真ん中だけだ。3階へ先回りしようというのだろうか。3階は3年生で新たな戦場と化しているのではないか。この騒ぎは間違いなく校舎中に伝わっているだろうから。
 巨大な塊と化した男子は、俺を巻き込んで少しずつ屋上へ進んだ。一歩ずつ、踏み外さないように足元を確認しながらゆっくり階段を上がったのはこれが初めてだ。
 職員室があるのは渡り廊下でつながっている別の校舎だ。先生たちが騒ぎを聞きつけて鎮圧しにきた。事態はますます悪い方向へ転がっている気がした。下のほうから罵声が聞こえた。
「先生は黙ってろ!」
 いつもならおとなしいはずの相馬が怒鳴っていた。後で聞いた話だが、見たこともない相馬の剣幕に、男の先生3人がたじろいだらしい。こんなことでまた新たな伝説が生まれたわけだ。
 ガッシャーン。ガラスの割れる音がした。階段の南が廊下、北が壁になっていて、壁には小さな窓があった。きっとその窓が割れたのだ。だが、ガラスの割れる音が鳴りひびいても誰も冷静になりはしない。男子の塊はゆっくりと、ずるずると屋上へ近付いていった。体育の棚倉先生が怒鳴ったが、その声は男子の罵声がかき消した。その罵声も、先生に向けられたものではなく、男子どうしに向けられたものだ。先生が鎮圧しようとするも、男子の塊は3階に至ると3年を巻き込んで膨れ上がった。
「矢祭先輩じゃないすか」
「広野も告白する気か、こら」
 俺の部活の先輩を見つけた。声をかけたら怒られた。
「若松先輩ってどんな人ですか」
「いけすかねえ! かっこいいんだよ! 頭もいいしよお、最近おとなしいと思ってたらこれだからな!」
 いつもの矢祭先輩ではなかった。誰もが我を忘れていた。真っ赤な丸い目をらんらんと光らせた王蟲の群れだ。
 バッギャーン。また違う音がした。あれは、階段が終わって屋上へ出るところにあるドアの破られた音だ。ノブを回して開いた音ではない。ドアが倒れてドアの小窓が割れる音も混ざっていた。
「若松!」「どこだ!」「近藤さあああああん」「盛花あああああ」「好きだああああああ」
 後ろからまだまだ押し寄せてくるものだから、殺到した男子のほとんどが階段から屋上へ押し出された。先頭の男子はきっと手すりまで追いやられたのだろう。「落ちる! やめろ、落ち着け!」と怒鳴っていた。皆が若松と近藤盛花の姿を探した。
「若松は?」「状況は?」「近藤さん……いない?」「2人ともいない?」
 何やら空気がおかしくなってきた。若松を見つけて怒鳴り散らしたり、近藤盛花を見つけて告白する声が聞こえない。誰かが近藤盛花を見つけたらそれはそれでたいへんな騒ぎになっただろうが、その騒ぎは起きず、皆の血走った眼が落ち着きはじめた。
「あああああああああ」
「どうした? あああああああ、校門を見ろおおおおおおお」
 手すりのところにいた男子が大声をあげて指を差しているのが見えた。指の先には、校門を出ていく近藤盛花と一人の男子の姿が見えた。ああ、確かにあれはかっこいいな、と男子の背中を見て思った。背中で判断がついたから、よほどイケメンなのだ。
 2人で歩いているということは、告白は成功したのだろう。あの背中から告白されたらだれでも落ちる。誰もが落胆し、膝をつき、落涙していた。
 翌日、2人の行方について衝撃的な事実が発覚した。屋上で告白すると男子をだまして安全に近藤盛花と2人だけになった若松がフラれたというのだ。落胆していた男子たちの目は再び生気を取り戻していた。


川口:1,452字

 赤沼圭太が大荷物を背負って放課後、学校の屋上にあがると、そこには先客がいた。見知った顔だった。
小貫理紗子。クラスメイトだ。小柄で、クラスの一軍グループでマスコットのように「リサちゃん」と呼ばれている、女の子だった。
 腹ばいになって彼女は、まるで優秀な狙撃手のように、望遠レンズのついたカメラをグラウンドに向けていた。パンツが見えそうだった。
「ここ、立入禁止なんだけど」圭太は恐る恐る言った。「それにその格好、危ないよ。その、なんかいろいろ」
 彼女は無視したまま、カメラを構えている。
「狙い撃つ、かぁ」圭太はほっとしたように「注意はしたから」とつぶやいて、所定の位置まで移動すると背中の荷物をおろし、担いでいた長いケースを開けた。
「それ、なに?」
 不意に話しかけられて、圭太は飛び上がって振り向いた。理紗子が両手で支えるようにカメラを持って後ろにいた。
「てゆーか、赤沼だって入ってんじゃん、ここ」
「きょ、」圭太は息を整えると、言った。「許可をもらってるから」
「わたしだってもらってる」と理紗子は丁寧に折り目のついた書類を、圭太の眼前に掲げてみせた。「わたし、こう見えても写真部だから。運動部の、活動を、ね」
「そうなんだ」と圭太は会話もそこそこに作業に戻った。
「で、それ、なに?」
 圭太はさらに驚いたように振り向いた。理紗子がいる。興味を持ってもらったことと、さっきのイメージが圭太の口を軽くさせた。
「ライフル」
「え?」
「あ、えっと、望遠鏡、だけど……」
「天文部ってあったっけ?」
「うん。先輩たちが引退しちゃったから、ぼくひとりになっちゃったけどね」
圭太はてきぱきと望遠鏡を組み立てていく。この望遠鏡は国立天文台に務めている父が誕生日に譲ってくれたものだった。天文部でいわゆる「まともな」望遠鏡を持っていたのは圭太だけだった。
「ひとりで天体観測するの?」理紗子はすこし顔をゆがめて言った。「つか、いつもここでやってるの?」
 圭太は理紗子の表情を見ることなく、言った。
「ううん。今回は特別。小貫さんはSTEIって知ってる?」
 圭太は初めて理紗子を見上げた。理紗子は興味深そうに、圭太を見ている。だから、自然と圭太は言葉を続けていた。
「地球外知的生命探査。地球以外の知的生命を見つけようっていう計画があって、世界中の天文台でやっているんだけれど、電波望遠鏡を星空のいろんな場所に向けて、文明のあるだろう星からの信号をキャッチしようっていう計画なんだけど」
 それで、と理紗子は目で促している。
「昨日、その信号が見つかったんだ。それも素数を含む信号だったんだよ!」
「それってすごいことなの?」
「うん! だって地球の外に文明があるかもしれないんだよ!」
 そうなの、と急に興味を失ったように理紗子は屋上から出て行った。
 理紗子の急変に、圭太は不意に自分のクラスでの立ち位置を思い出した。思い知った。
 笑われなかっただけましかな、と自分の興奮ぶりに圭太は自嘲気味に笑い、望遠鏡を組み立てていく。日が落ちるまではまだまだ時間があるけれど、気が急いてついつい早く来てしまった。でもここは、学校の屋上はとてもいい観測スポットなのだ――屋上へ通じる扉が勢い良く開いて、理紗子が駆け込んできた。
「屋上の使用許可時間、延長してもらったの!」
 圭太はあっけにとられて、肩で息している理紗子を見ている。
「だってそんな歴史的瞬間、写真に収めなくてどうするのよ!」
 そう言って理紗子はとてもいい笑顔で笑った。圭太はぽつりとつぶやいた。
「狙い撃ち、かぁ……」


浅羽:1,524痔

 その日、神之木の町に雨が降った。突然の土砂降りだ。まるで、空が破れたような有様で、わずかばかり残っていた春の名残までもが排水溝へ押し流されてしまったみたいだった。
 そして、迎えた放課後。おれは屋上にいた。恋人とふたりきり、飛び降り防止用に設けられた鉄柵の向こう、白く烟った神城の町を見下ろしていた。おれが黒い傘を持ち、彼女がおれにぴたりと張り付くようにして立っていた。
 ロマンチック、という奴もいるかもしれないが、その一週間ほど前からケツにひどいデキモノが腫れあがらせているおれとしては、とてもそんな気分にはなれなかった。おれの腕にEカップの乳房をぐいぐいと押しつけ、柑橘系のシャンプーの香りをさせている彼女――佐藤茉莉花が学年一の美少女だとしても、だ。六時間おきにズボンとパンツをひきずり降ろし、リドカイン配合の軟膏を塗らなければならない高校三年生がロマンチックな気分になれるのなら、ローマ法王マリリン・マンソンの仮装をして、コウモリを食いちぎりながら、ジューダーズ・プリーストを歌わせることだってできるだろう。
 啓示でも受けたかのようにある日突然右の臀部に腫れあがってきたクソいまいましいデキモノは、市立病院の医者が処方してくれた塗り薬にもめげることなく、次第にその存在感を増しつつあった。もうじきに、名前を名乗り、暇な時の話し相手にだってなってくれそうな気配だった。
「最悪だよ」おれは柵のむこうに視線をむけたまま言った。「最低だ」
「そう悲観したもんじゃないと思うな」
「間抜けなドーナツクッションを四六時中持ち歩くはめになったことがない楽観的な人間の台詞だな、そいつは」
「結構可愛いと思うけどな、あのクッション」
「その“結構”がなくなるくらいの、間違いなく可愛いやつを今度は探しておくよ」
 茉莉花は何かを言いかけて、くちゅん! とくしゃみを掌のなかに弾けさせた。それは、虫歯を病んでいるコサック兵だって微笑ませてしまいそうな、可愛らしいくしゃみだったが、しかし、ケツに重大な問題を抱えた高校生を温かな気持ちにすることだけはかなわなかった。
「もう戻るか?」
「ううん」おれの問いかけに、茉莉花は鼻を擦りながら言った。「大丈夫。もう少し、ここにいる」
「いや、戻ろう。風邪をひかれちゃかなわない。キスするたびにウィルスとか感染とかいう言葉を思い出すのなんてごめんだからな。それでなくても、いまのおれは心のリソースが不足してるんだ」
「キスのことは、それでも考えられるんだね」
「女の子も、甘いものは別腹って言うだろう。あれと同じさ。男も性欲は別の脳味噌で取り扱ってる」
「ねえ」
「何だ」
「これから私たちはこれから屋上に登る階段の脇にある、誰も使わないトイレの個室にはいる。あなたはパンツをずりおろして、私が軟膏を塗ってあげる。―― この提案はどっちの脳味噌で考えられるの?」
 おれは彼女を見下ろした。彼女はおれを見上げていた。彼女の切れ長の目が細まり、唇の端に微笑が浮かんだ。
「その質問に答えるのは難しいな。――でもラテン語の諺にあったよ」おれは傘の裏地を見上げながら言った。 そこには青空の模様がプリントされてあった。神之木市の人口四万六千。おれたちふたりだけが、青空を享受している。そう考えると、悪い気分ではなかった。全然、悪い気分ではなかった。「“見る前に飛べ”って」
 茉莉花はそれから腕を伸ばし、おれのワイシャツの襟を捕まえて引き寄せた。唇が触れ合い、彼女のシャンプーの匂いがこれまで以上に鼻腔をくすぐった。それから――おれたちは、茉莉花の提案の通り、トイレおれたちは軟膏を塗るよりかはロマンチックなことをして、翌日、ふたり仲良く風邪をひいて熱を出し、学校を休んだ。