ストーリーメイク(12月25日版)

 今回は、

 主人公の過去:変化
 主人公の現在:慈愛(逆)
 主人公の近い未来:創造(逆)
 結末(目的):信頼
 援助者:節度
 敵対者:至誠(逆)

 という構造でそれぞれ話を作ってみました。

 川口健伍『ロングレンジシュート』:

○登場人物:
 小嶋隆:主人公、高二、転校生。
 等々力勝信:バスケットマン、背が高い、無口。
 越谷咲織:委員長、メガネ、お節介。


○あらすじ
 父の仕事の都合で、転校の多かった主人公の小嶋は、クラスメイトと仲良くなってもすぐに離れ離れになってしまうので、いまはどの学校に行っても心を閉ざし、うわべだけの付き合いをしていた。それでいままでは充分だっし心騒ぐこともなかった。彼なりの防衛反応だった。「一学期だけですが、お世話になります」そして今回の転校もそれで問題はないだろうと思っていた。誰にもケータイの番号やアドレスも教えることはないだろうと。
 しかし、今度の山蔭高校には委員長・越谷がいた。「大変だったよね、でもそうやっていじけていても楽しくないから、文化祭、一緒にがんばろうよ」小嶋の転入したクラスは、2学期半ばにある文化祭に向けて騒然としていた。小嶋は従順に、こまごました雑用の手伝いをした。しかし決して何かの役職につくことも、率先して作業の輪に加わることもなかった。いるところにいるまだクラスに慣れていない男の子の擬態。いつもどおりの防衛反応。
 そんなある日の体育の授業で、小嶋はバスケットボールの試合中、背の高い男に相対した。男には余裕があった。体操服の胸には「等々力」とあった。一見してバスケの経験者であることがわかった。そして小嶋は不意に見透かされていることにも気がついた。クラスの中でいつも静かに笑っている印象だった等々力の目に、試すような光があった――確かめてやろう。一瞬で小嶋の思考は沸騰した。ワンドリブルから2回のフェイントを混ぜて等々力の体勢を崩し、バックステップで3Pラインのさらにうしろからのロングレンジシュート。ゴールにきれいに吸い込まれすぎたボールがコートをてんてんと転がっていく。不思議な歓声があがり、それにちょっと面食らった表情で「公園」と短く等々力は言った。低く息を吐いて小嶋は「見られてたのか」と言った。
 小嶋の住む団地には公園があり、ストリートバスケ用のコートがあった。それから小嶋は文化祭の準備をサボるようになった。等々力がそのコートにやってくるようになったからだ。同じ団地だった等々力は部活の練習でもともと文化祭の準備に参加していなかった。等々力は小嶋のバスケの能力と自分の足で立っているように見える彼にほれていたが、彼の文化祭の準備に対する態度から、部活に強引に誘うのは逆効果だと判断し、邪魔にならないよう小嶋が練習しているコートにやってくるようになった。小嶋は小嶋で、等々力に自分が認められていることがわかり、コートが居心地のよい場所になっていった。そんな小嶋は、等々力との1on1を帰宅途中の父や買い物帰りの母に目撃されたり、休日をあげての準備に連れ出すためにやってきた越谷を等々力とでまいたりもした。
 そして文化祭の前日、等々力は偶然にも、越谷たち文化祭の実行委員の密談を聞いてしまう。どうにかして小嶋を文化祭に参加させようとしているのだった。かっとなった等々力は「それ」とだけ言って越谷たちからメモを強奪したのだった。
 文化祭当日の早朝、等々力がわざわざ小嶋の自宅を訪ねてきた。等々力は「委員長」とだけ言ってメモを渡した。そこには綿密な方法で小嶋を文化祭に参加させるための算段が記されていた。小嶋はメモを受け取ると自転車で学校とは別の方向へこぎ出した。越谷の算段をご破算にさせることが、心地よい場所をつくってくれた等々力の想いに応えることになると、理解した小嶋は自転車にまたがった。そうして小嶋は自転車で県境を越え、文化祭に決して間に合わない時間と距離を稼いで一息つくと、思い出したようにメモを取り出した。等々力からもらったメモの裏には「よかったらうちの部活に見学に来てくれ」と書いてあった。「だから……団体競技は向かないんだって」いつのまにか日は落ち、夕闇の中でそう小嶋はうそぶいてみせた。
 そのころ自宅では父が勢い込んで帰宅していた。「もうついていけない!また転勤だと!くそ!明日から職探しだ!」と父は言った。荷造りをしていた母はびっくりしながらも「あら、ついに辞めちゃったの。どうしようかしらこれ」「おれが片付ける」「いいわ、うれしいからわたしがやるけど……、そんなことより早く隆に連絡してあげなきゃ、また等々力君と公園にいるのかしら」と言って母はいそいそと受話器に手を伸ばした。

 津雅樹『イモーション(E-Motion)』:

 長年連れ添った飼い猫・ピートを1ヶ月前に亡くした主人公。彼はそのあまりの絶望感から、周囲に対しても、そして自身に対しても、やるせなくつっけんどんな態度をとってしまいがちになっていた。
 ある日、不思議な雰囲気を醸す初老のセールスマンが彼の部屋を訪ねてくる。近々発売されるオンライン・ゲームのベータ版――これを1ヶ月ほどプレィするモニタ役のひとりに、主人公になって欲しいというのだ。すぐに追い返すつもりだった主人公も、セールスマンの懇切丁寧な対応や自身の身分証明などを受け、不承不承に承諾する主人公。セールスマンが去り、主人公が渡されたDVD-ROMからパソコンへとインストールすると、タイトル画面が表示された――『E- Motion: electric motion(βversion)』。同封された簡単な解説書を読むと、どうやらオンライン上に展開される架空空間にプレイヤのアバタを置いて楽しむ、いわゆるセカンドライフ・シュミレータらしい。
 ゲームをスタートすると、初期設定画面が表示される。様々に細分化された情報を――姓名、生年月日、性別はいわずもがな、プレイヤの職業や所得などなど ――入力せねばならないようで、さらに画面上部には『あなた自身の実際の情報を入力したほうがより正確なプレィがお楽しみいただけます』といった注意書きまであった。主人公は長い時間をかけて、その注意書きのとおりに各項目を入力し、設定を完了すると、その日はゲームを終了した。
 翌日、帰宅した主人公がゲームを開くと、今度はすでにプレィ画面であった。スタート地点は自身(アバタ)の部屋らしいのだが、驚いたことにそこは現実の ――いま主人公がいる――部屋にそっくりであった。ゲーム自体も、アバタを後ろから眺める画面ではなく、アバタの主観カメラによる映像だった。メニュー画面を呼び出し、様々なチューリアルを読んでみると、ゲーム内のイベントや設定した所得により一定の収入が手に入り、それに応じて様々なアイテムや物品―― 家具や服、さらには不動産――が購入出来るらしかった。
 部屋の外へ出てみると、やはり主人公が暮らす生活圏内――もしかしたら、世界が丸ごとやもしれぬ――が再現されており、現実と見紛うばかりであった(モブもじつに精巧に形成されたA.I.が、町中を闊歩している)。そのプレィ感覚はじつに快適で、いつしか主人公の生活に溶け込み、実生活においては満たすことのできない購買欲や行動的な束縛を解いてくれるセカンド・ライフとして、プレィするうちにいまや彼の心の支えとなっていた。沈んでいた彼の気持ちも徐々に明るくなってゆくかのようだった。
 ゲームに熱中しはじめた主人公だったが、やがてその身に奇妙な現象が起こりだす。ゲーム内における貯蓄をもって、部屋の内装を家具を買い換えるなどして変更していた主人公だったが、その変更点が《現実に反映されているのだ》――少なくとも彼にはそのように認識された。
 その日だけに見た幻覚かとも思ったが、その幻覚は覚めることはなくリアルなままだった《つまり、きっとそれは現実なのだ》。あるとき、「もしかしたら」というふとしたひらめきを得た主人公は、ショップで「飼い猫」を購入する。やがて、彼のうしろで愛らしく、懐かしい鳴き声が聞こえる。ふりむくと、そこにはかつての親友・ピートがかつてのままの姿で、こちらを見上げていたのだった。彼が両腕を差し出すと、ピートは彼の腕の中に飛び込んで喉を鳴らし、喜びの意を表した。主人公は、その腕にピートの重量とぬくもりを感じながら、一筋の涙をながした。
 最初の訪問から1ヶ月後、かのセールスマンが主人公の部屋を訪ねてくる。人気(ひとけ)のない部屋のなかにはすでに生活感は薄れ、窓から差し込む光にきらめく微細な埃の潮流が奇妙な美しさを醸していた。その部屋は死んだのだろうか。否、その中でひとつだけ、稼動しているものがあった。かつてこの部屋の主であった主人公の、パーソナル・コンピュータである。そのかすかな、しかし軽快でここちのよい作動音を聞きながら、セールスマンはひとり、不思議な微笑をもらすのだった。

 正田展人『真銀河』:

 主人公:正田展人
 援助者:姫透、流奈、綾
 敵対者:吉岡一郎


 展人は、1995年に姫透、流奈、綾と出会った。1985年に既に会っているが、展人はたいへん幼かったので記憶にない。姫透たちは人間ではなく、宇宙の意思によって出現した。目的はこの宇宙の維持。維持に必要な人間が展人。人間である展人に死なれては困るので、姫透たちは彼を改造し、永遠の命を与えた。
 姫透たちは、この世界で活動するために吉岡一郎という協力者を得た。活動のための拠点づくりや、展人に永遠の命を与えるための技術開発、新世代開発など、吉岡一郎は姫透たちのためによく働いた。ただ、姫透たちは急進的な社会革新を望んでいた部分があり、吉岡やその他の協力者の中では、姫透たちの活動を押しとどめようとする動きもあった。しかし、展人に永遠の命を与えることに成功した時点で、活動は軌道に乗っていたため、吉岡のことが邪魔になり、姫透たちは吉岡を殺害した。
 2000年〜2010年、展人の欲望などが宇宙の維持に必要なので、姫透たちは彼の欲望を満たすべく努力した。まず、彼は、世界に冠たる日本をつくるためスイゲン株式会社を設立した。この会社は、世界の水需給を支配し、石油に代わる新たなエネルギーである液体水素燃料を商業的に使用することで世界のエネルギー需給を支配しようとしている。水とエネルギーを支配するために、「新世代」という人間の能力を凌駕した人造人間を大勢産み出して、スイゲンの社員として世界に派遣した。フランスやシンガポールの水会社を崩壊させたり、スイゲンに対抗して水素燃料を開発しようとする国や企業の邪魔をした。さらに、スイゲンは日本政府、日本自動車メーカーと協力して液体水素で走る自動車の商業生産を開始させた。水素自動車を台頭させて、電気自動車を駆逐し、支配を強めた。世界中から利益が日本に集中しはじめた。世界が日本を中心に動きはじめた。世界に日本の製品やスイゲンの水と燃料があふれた。各国企業が淘汰されていった。
 2020年頃、吉岡は死んでおらず、吉岡とともに姫透たちに協力していた者に救われ、展人同様の永遠の命を与えられていた。吉岡は姫透たちや展人の野望を阻止して、復讐しようと、暗躍しはじめる。
 展人の新たな望みを実現することにした。この世界を破壊し、新たな人類社会を構築するのが望みだ。支配することに成功したこの世界をなぜ破壊するのかというと、多くの人類が、日本やスイゲンに対して反旗を翻しはじめたから。人類をいったん終了させて、新たな人類を構築し、すべての人類から信頼される国家を樹立させたいのである。

 浅羽優『神之木セックス・ピストルズ』:

○登場人物
<私立神之木学園>:馬鹿の巣窟
・堂島雅史:ベースギター。学力は県内トップ。
・南都:総番長。ロリ萌え。格闘技三億段。
・来ヶ谷耕司:バンド、ブラック・シープ(ス)のギター。
・彩峰哲哉:二枚目。くそったれ。
・田中美春:マドンナ先生。数学担当。田中姉妹長女。巨乳。


<神之木東高校>:名門進学校
・魅上ひなた:ギター。ボーカル。小動物系。成績劣悪。
・小林凛:キーボード。ツンデレ。成績劣悪。
・野々宮愛:ドラム。ちびっこ。ギーク。成績劣悪。
・真田茉莉:元ベース。家庭の事情でアラスカに転校した。
・半藤沙央梨:成績優秀。おっぱい。ですわ!
・田中美夏:マドンナ先生。数学担当。田中姉妹次女。巨乳。


<誠心塾>:レベルはそこそこ
・田中美秋:マドンナ先生。数学担当。田中姉妹三女。巨乳。


○ストーリー
 夢も希望も全滅ノーフューチャーな地方都市・神之木。中学時代は県下随一の成績を誇りながらも、失恋のショックと体調不良のダブルパンチが原因で受験に失敗し、底辺の底を突き抜けた馬鹿私立高校、神之木学園に通うことになった堂島雅史。最初は居並ぶ不良たちの一挙手一投足に怯え、全っ然楽しくない学生生活を送っていたが、レンタルショップのケースに間違って入れられていたパンク・ロックのCDを聴いて衝撃を受け、意識革新。知らず、自分が周囲の人間を軽蔑し、精神的な壁を作って遠ざけてしまっていたことに気づく。改心。努力。次第に環境に馴染み、友人もできるように。……
 そして二年後。現在。周囲に影響を受け、外見や言動が完全に不良化している堂島。ただし勉強は相変わらずとんでもなくよくできる。担任の田中美春からは、東京の大学に進学するようしきりに勧められているが、今は、一年生の時に親友になった来ヶ谷耕司たちと結成したパンク・バンド、ブラック・シープ(ス)の活動にのめり込んでいるため、どうするかはまだ決めかねている。呆れ顔の美春だが、高校時代は自分も妹たちを率いてバンドをやっていたので気持ちは充分わかる。「でも、決めるべき時には決めないと駄目なんだからね」
 ある日、ブラック・シープ(ス)のメンバーに呼び出された堂島、授業をサボって、学校近くの喫茶店へ。すると、メンバーの他に見知らぬ二枚目が薄笑いを浮かべて座っている。二枚目野郎は、彩峰哲哉、神之木学園の一年生です、と自己紹介をする。そういえば、いつだったかのライブの観客席にこんなやつがいたな、とぼんやり思い出す堂島。何の用だ、と堂島が尋ねると、彩峰は、今後のブラック・シープ(ス)はパンクなんて捨ててもっとメジャーな路線の音楽でやっていくべきだ、と主張をはじめる。そうすれば、こんなクソの田舎を飛び出すことだってできるかもしれない。パンクにこだわる堂島は当然激怒。しかし、メンバーはすっかり彩峰に丸め込まれてしまっている。無二の親友だと思っていた来ヶ谷までも、堂島お前は勉強で東京に行くことができるかもしれないが、自分たちはこのままでは学校や親族のコネで地元のクソみたいな会社に就職するしか道はないんだ、と言ってくる。テーブルを蹴り飛ばして立ち上がる堂島。激怒オブ怒髪天。今日限りでブラック・シープ(ス)を抜ける、と宣言。それに対して彩峰は、堂島先輩の抜けた穴は自分が埋めますから心配要りませんよ、と冷笑。お前らなんてどうせ売れるわけないさ、と吐き捨てて店を出て行く堂島。元親友たちの気まずい沈黙がその背中を見送る。
 他にバンドを組めそうな人間を探す堂島。しかし一緒にパンクをやってくれそうなやつは見つからない。仕方がないので、受験勉強に専念することに。東京に行けば、バンドを組める人間なんて、ごまんといるさ。あのクソ野郎どものことなんて、忘れちまえ。美春に勧められ、美春の妹・田中美夏が講師をしているという駅前の学習塾に通うことにする。初登塾。到底学習塾に通いそうにない堂島の外見にビビりまくる塾生たちと講師陣。美春と瓜二つの美夏に導かれて教室へ。ひとりぽつんと孤立していた魅上ひなたの隣の席に座る堂島。小動物のように怯えるひなた。目があうと理由もなく謝ってくる。その姿に、高校に入学した時の自分を思い出してしまう堂島、以降、意識せず、彼女のことを気にとめるようになる。可愛いんだから、堂々としてりゃいいのに。
 しばらく経ったある日、塾へ行くと、ひなたがイヤフォンで曲を聴きながらちまちまと何か書いている。宿題だろうか。それほど気にせず、隣に座る堂島。いつもなら「びくっ」となるはずなのに、その日は脇目もふらず。やがてやってきたクラスの仕切り屋、半藤沙央梨が、ひなたが書いていたものをとりあげ、読み上げる。作詞していたひなた。おとなしめの外見のひなたに似合わず、かなりパンキッシュな歌詞。巻き起こる哄笑。ひなたは顔を真っ赤にして俯いてしまう。さらに沙央梨は、くだらないバンドなんてやってる暇があったら勉強しなさい、だからあなたは馬鹿なのよ、とあざ笑う。最初はこらえていたものの、とうとうぶちきれた堂島、思いっきり!勢い!良く!立ち上がる。それだけで静かになる教室。表情をひきつらせながらもひなたと堂島を睨みつけてから自分の席に戻る沙央梨。決闘を終え、ホルスターに拳銃を収めるようにゆっくりと椅子に座る堂島。やがて戻る喧騒。美夏がおっぱいを揺らしながらやってくる。始まる授業。
 授業後、初めて堂島に自分から話しかけてくるひなた。たどたどしいながらもしっかりとお礼。その後、ひなたのおごりでラーメン屋に行くことになる。待ち時間のあいだにメルアドと携番交換。ラーメン、うまい。ずるずるずるずる。堂島、話していてぽろっと、自分がベースをやっていたことをカミングアウト。食いついてくるひなた。軽音楽部の友人たちと組んでいたバンドのベースが転校していなくなってしまったので、やってもらえないだろうか、と頼んでくる。神之木東軽音楽部は現在三名、代わりはいない。目標は文化祭でのライブ。せめて、それまで、どうか。反射的にそれを断ってしまう堂島。だが、ラーメン屋からの帰り道、ひなたを自宅――ちょっと信じられないくらいボロいアパートまで送り届けたところを、ブラック・シープ(ス)、改め、さくら色モメンタムの初ライブを超大成功のうちに終えた彩峰に目撃されてしまう。パンクをやめて今度は女ですか、あなたのパンク好きも全然大したものじゃなかったんだな、と彩峰に馬鹿にされ、堂島、方針転換。ひなたに電話をかけ、引き受ける旨を告げる。「そういえば、バンド名は?」「か、か」「か?」「神之木セックス・ピストルズ、ですっ!」
 神之木セックス・ピストルズ。悪くない名前だ。しかしそこでぴこーん、と閃いた堂島。「……ごめんよく聞こえなかった。神之木何?」「セ、セックス・ピストルズです!」「ごめんまだよく聞こえない。神之木何ピストルズ?」「セ、セックスです!」「ごめんもう一回」「セ、セッ、クス……」「電波の調子が悪いのかなあ……ソックス? エックス?」「セ、セックスです! セックス! セックス! き、聞こえました、か?」「ああ。大丈夫だ。今度は聞こえた。セックスだな?」「そうです。セックスです。ま、間違えちゃだめ、ですよ」通話を終了する堂島。うまうま。
 一週間後。練習場所になる神之木東の音楽室にいる堂島。ひなたが、毎日放課後、堂島が敷地に入れるように軽音楽部の顧問にして田中姉妹の三女、田中美秋を通じて職員にかけあってくれた。ただし異常に目立つ腕章をつけさせられている。ショッキングピンク。ひなたからのメンバー紹介。べ、別にあんたのためにツンデレしてるわけじゃないんだからね、な小林凛。どう頑張っても小学生にしか見えない野々宮愛。よ、よろしくねっ、よろしくなー、ああ、よろしく。とりあえず一度あわせて演奏してみる。堂島が合っていないのは当然として、他の三人が下手。もうね、お話にならねーくらいド下手。でも悪い感じではない。全然悪くない。とにかく勢いだけはある。むしろ勢いという点では堂島が負けているくらい。ビール瓶を叩きつけるみたいな演奏。文化祭まで練習すればなんとかなるだろう、という予感。ほっと安堵したところでトイレに行く堂島。
 トイレを済ませたはいいものの、めちゃめちゃ広い校舎なので迷ってしまう。そこで、学級委員の会合を終えて帰るところだった沙央梨と出くわす。身構える堂島、ビビる沙央梨。体勢を立て直した沙央梨、堂島がここにいる事情を聞くと、話したいことがあるからと堂島を連れて中庭へ。来てもらった代わりに飲み物を奢る、と言い出す沙央梨。断る堂島だが、結局は珈琲を押しつけられる。ブラックは飲めないが、せっかく奢ってもらったものを突き返すわけにもいかない。苦味を奥歯に殺しながらベンチで話を聞くことに。
 実はひなたの異母姉妹にあたる沙央梨。名家の当主である父が浮気してこしらえた子がひなた。父はひなた母とひなたを見捨てた。彼女につらく当たってしまうのは、どういうふうに接すればいいのかよくわからないから。本気で勉強すれば誰よりも上を目指せるはずなのに、実際、この高校に入学する時は断然トップの成績で入学したはずなのに、音楽なんかにかまけてるのはもったいなさすぎる。自分ではなくひなたこそ家を継ぐにふさわしいのではないかという葛藤。
 それをおれに教えてどうするつもりだと訊ねる堂島。堂島が協力することによって未来の可能性をひとつ摘む罪を自覚して欲しかったと言う沙央梨。暗い表情で俯く。沈黙。やがて、無言で珈琲を干して、立ち上がる堂島。もうおれ行くわ、と言おうとしたところで震える携帯電話、ひなたからメール、「遅いです〜っ。いつまでおしっこしてるんですか〜ヽ(`⌒´♯)ノ」。今聞いたヘビーな内容とのギャップに苦笑。どうしたのよ、と訊いてくる沙央梨。そのメールを見せる堂島。未来だの可能性だの、そういうのは何だかアホらしくなった、少なくともおれはアホらしくなった、前々からアホらしかったが、今完全完璧にアホらしくなった、と言いおいて音楽室に戻る。
 翌日。沙央梨と堂島が中庭で話していた様子を目撃した頭の固い教師が、女に声をかけさせるために入構を許可したのではないと大激怒。堂島の入構許可が取り消されてしまう。これでは練習できない。悲嘆にくれる面々。そこで堂島、神之木学園の教師陣にかけあい、今は使っていない第三音楽室ならば練習場所として使ってもよいという許可を得る。しかしこのままでは不良連中がひなたたちに絡んでくる危険性が。その危険を排除しない限り、とてもではないが入構はさせられない。
 ひなたたちを引き連れ、いつもファミリーレストランにたむろっている番長グループの元へむかう堂島。ボックス席。居並ぶむくつけき男たち。もうすぐ勃発する抗争の相談をしている。アポなしでやってきた堂島たちを睨む。怖っ。どどどどどどどなたが番長さんデスカ、と緊張のあまりに目玉をぐるぐるさせるひなた。普段はツンツンしている凛も表情がこわばっている。堂島、咳払いをひとつ、ひなたたちに、男たちのなかに埋もれるように座っていたひとりの少女を紹介する。「これがうちの番長だ」名前は南都。背が高く、華奢。とても番長には見えない。何の用だ堂島、と訊いてくる南都。堂島とは同じクラス。同じ生き物係。事情を説明し、お前のほうから不良どもに彼女たちには手を出さないように命令してくれないかと頼む堂島。それを鼻で笑う南都。「何で私がそんなことしなければならんのだ。わけがわからん」帰れ、と一蹴。「どうしても駄目か」「駄目だ」「どうしてもか」「そうだ」「何とかならないか」「しつこいぞ堂島」とりつくしまもない。仕方なく店を後にする堂島たち。
 堂島たちが店からいなくなり、まったく何なんだ、あいつらは、馬鹿じゃないのか、と笑う番長グループ。と、そこへ単身引き返してくる愛。断られると他に練習できる場所がないのはわかりきってるからなんとかしてもらえないかとお願いしにきた。しにきたのだ。さっきは堂島の影に隠れて全然見えなかったその姿を目にした南都、「は わ わ !」となる。やーん。可愛い。可愛すぎ。萌え。お姉さんに何でも言ってごらん?
 愛の姿が見当たらないことに気づいた堂島たち、あたりを探しても見あたらないのでファミレスに引き返す。と、南都の膝に抱かれてありったけのトッピングをのせた豪勢なパフェを食っている愛。興奮しまくりの南都に呆れ顔の男たち。愛、南都が不良たちにおとなしくしているように命令してくれると約束してくれたと言う。信じられない、と呆然とする堂島たち。「でもなーうそじゃないんだぞー。ほんとなんだぞー。なー都?」「ねー愛ちゃん!」にっこり微笑みあう愛と都。堂島、ひなた、凛、脱力。何はともあれ問題解決。
 さあて練習しまくるぞ、と息巻いて第三音楽室の前に立つピストルズの面々。しかし扉をあけてみるとゴミがぎっちり。みっちり。楽器の成れの果てやら、古くなった教材やら、捨てられた教科書やらがもりだくさん。神之木東の文化祭までそんなに余裕があるわけじゃないのに。焦りはじめる面々。しかし片付けなければ仕方がない。黙々と片付けるが、女三人と男一人ではどうしようもないくらいの量。クラスの知り合いに頼んでまわる堂島、みんな「暇だったら手伝ってやるよ」と言ってくれるが、実際には誰も現れることはない。番長グループは抗争のせいでもう何度目かになる停学処分中で連絡がとれない。昼休み返上で片付ける堂島。汗だく。しかし全然減った気がしない。容赦なく迫ってくる神之木東の文化祭。
 そしてある日、ひなたが手を滑らせ、運んでいたものを凛の足に落としてしまう。さいわい無傷。しかし、焦りからひなたにぶち切れる凛。ひなたは謝るが、凛の怒りはヒートアップ。ひなたに誘われてバンドなんて始めちゃったけど、全然うまくなれないし、こんなのやってられないよ! と叫ぶ。愛は堂島の背中にしがみつき涙目であうあう。堂島、溜息、「とりあえず今日は帰ろう」
 翌日、翌々日になっても、凛とひなたの関係は険悪なまま。ますます遅れて行く作業。暗い雰囲気。どうにかしなければと焦るばかりの堂島に、クラスメイトが、さくら色モメンタムが音楽雑誌に小さくだが取り上げられていると教えてくれる。どうも彩峰の知り合いに業界の関係者がいるらしく、注目のインディーズバンドとして売り込んでいく予定だとかそうではないとか。堂島は、見捨てられた可哀想な男として噂になっている。協力する人間がいないのはそのため。ボディ・ブローを食らったような気持ちになる堂島。もはや頼れるのはあいつらしかいない。ライブを大盛況のうちに終えたブラック・シープ(ス)、改め、さくら色モメンタムを出待ち。事情を話し、手伝ってもらえないかと頼む。冷笑を浮かべた彩峰、協力する対価として堂島に土下座を要求する。神之木セックス・ピストルズのため、恥も外聞もかなぐりすてて、雨上がりの濡れた道路に土下座しようとする堂島。思わず視線を逸らすメンバーたち。
 と、いきなり、彩峰の体が吹っ飛ぶ。来ヶ谷が殴り飛ばした。「あーもうやめだやめ! こんなのやってられねえ!」。信じられないという顔の彩峰。鼻血。デビューの話もあるのにいいのか、と喚き散らす。来ヶ谷、頭を掻きながら、やっぱりおれには「東京」よりも「神之木」が肌にあってるみたいだわ、と言う。「お前らはどうだ」と振り返って訊かれた他のメンバー、顔を見合わせ、にやりと笑う。担ぎあげられ、裏路地のゴミ缶に逆さに突っ込まれる彩峰。涙目、鼻水。さくら色モメンタム爆散。
 翌日から、来ヶ谷たちも片付けを手伝ってくれる。ずんずん片付く。まるで魔法みたいに。しかし凛とひなたは相変わらず。気まずいまま。冷戦状態で固着してしまっているので悪化しているとさえ言える。九割方片付けを終えたその日、時間も時間なので一旦解散することに。その後も堂島が居残りで掃除を続けていると、帰ったはずの愛、凛、ひなたがそれぞれ別個に戻ってきて、無言で手伝いをはじめる。廊下から消えていく夕陽の光。際立つ息遣い。やがて、凛がひなたに謝る。「ごめん。あの時は言い過ぎた。怒りすぎて、嘘言っちゃった。ごめん」ひなた、それに対してへらりこと笑い、「いいってことよ」その後、和気あいあいと掃除をするピストルズ、下校時間などとってくに過ぎているのに誰も注意しにこないことにすら気づかない。頑張りを陰ながら見守っていた田中美春の好意。そして、二十一時を回った頃、とうとう掃除が完了する。
 ブラック・シープ(ス)の面々に指導を受けながら練習しまくるピストルズ。めきめきとうまくなっていく。文化祭まで一週間となったところで、一度、録音したものを聴いてみることに。精一杯の演奏。最高の出来。これなら文化祭は大成功間違いなしだと喜び合う。しかそそれもつかの間、ひなたの父にして沙央梨の父が音楽室に乗りこんでくる。ひなたを殴ろうとする沙央梨父。ひなたをかばって殴り飛ばされる堂島。「こんなやくざと肉体労働者の養成所みたいな場所に出入りしてどういうつもりだ!」養育を一切放棄しても見栄は張りたい沙央梨父。事情を聞いた彼は、圧力をかけて、ピストルズの学園祭への出場を取り消す。もはや、打つ手なし。
 文化祭当日。敷地の隅で、ぼんやりと出店に賑わう客を眺めている愛、凛、ひなた。あれから堂島にも会っていない。涙さえ出ない。と、いきなり校舎じゅうのスピーカーから流れるピストルズの演奏、ひなたの歌声。あの、最高の演奏だ。驚く三人。突然の音楽にざわつく来客たち。
 文化祭に来ていた番長グループ。柔道部の出し物、三人倒せば豪華賞品。楽勝で男子部員三人を倒し、これでは我が部の名誉がと出てきた主将をひねり潰し、熊のような顧問の教師を瞬殺した南都。番長グループ、大拍手。と、いきなり校舎じゅうのスピーカーから流れるピストルズの演奏、ひなたの歌声。
 クラスの出し物であるメイド喫茶でメイドをやっている沙央梨。お嬢様なのにメイド服がめちゃめちゃ似合う。ピストルズが文化祭に出場できなくなったと聞いて憂い顔。父に頼んでみたが、一蹴されてしまった。なにか、自分にできることはないだろうか? 考えなければ……。と、そこへやってくる顔をぼこぼこに腫らした男。彩峰。いらいらしていて、沙央梨のサービスに文句をつけまくる。平常心、と自分に言い聞かせて謝る沙央梨。と、いきなり校舎じゅうのスピーカーから流れるピストルズの演奏、ひなたの歌声。息を飲む沙央梨。トレーで彩峰を殴りつけて教室を飛び出していく。
 校舎に侵入し、放送部ジャックをかました犯人は、堂島であった。無人だった放送室に侵入し、CDをかけて逃走した堂島だったが、その後、例の頭の固い教師にとっつかまり、校長室でお前が犯人だろうと詰問をうける。青筋を立てている教頭。無言で堂島を睨んでいる校長。と、そこへ雪崩込んでくるひなたたち。「じじじじじつは真犯人はわたしたちなんです! どうしても、その、自分たちの曲を流したくて! ごめんなさい!」なんだと!と今度はひなたたちを怒鳴りつけようとする教頭。と、そこへ雪崩込んでくるブラック・シープ(ス)の面々。「本当の犯人はおれらなんです! おれたちのCDをかけて宣伝しようと思ったんだけど間違って神之木セックス・ピストルズのCDをかけちゃってほらおれらってあれだから馬鹿だから!」と、そこへ駆けこんでくる田中美夏。「実は私がやりました。彼らを見ているうちに情が移ってしまって、こんな愚かしいことを」よよよ、と泣き崩れる美夏。「で、でも田中先生、あなたは音楽が流れた時わたしと一緒にいたじゃありませんか!」と言う教頭。そこへ駆けこんでくる田中美春と美秋。「あれは……そう、わたしたちが協力したアリバイトリックなんです!」もうわけわからん、と混乱しはじめる教頭。と、そこへ雪崩込んでくる番長グループ。しかし何も考えていない。頭からっぽ。「ええと……私たちはそのあのええとその……今日はいい天気だ!」と、今度は校長室を埋め尽くす人をかき分けて出てきた沙央梨、校長の机にばん!と手をつく。「わたしです! 異母姉妹を可哀想に思ったわたしがやりました! 嘘じゃありません!」沙央梨、振り返ってひなたを抱きしめる。目を見はるひなた。いままでごめんね、と謝る沙央梨。和解。なぜか巻き起こる拍手。
 あまりのことに口をぱくぱくさせる教頭。おもむろに口を開いた校長、教頭に、ピストルズのステージを急遽ねじこむように要請する。「し、しかし校長……」「いいから、やりたまえ」ハンカチで汗を拭きながら出て行く教頭。校長を見つめる堂島。校長、下手糞なウインク、「実は私もパンクは好きでね」とにやり、「“レッツ・テイク・ケア・オブ・ビジネス(仕事にとりかかるぞ)”だろ?」そりゃプレスリーでロカビリーだ、と心の中で突っ込む堂島。しかし、感謝、感謝。
 講堂。プログラムの一番最後にねじこまれたピストルズ。楽器をとりにいったりしていたので汗だく。もうすぐ幕があがる。不思議と緊張はしていない。「堂島くん」話しかけてくるひなた。「何だ」「ありがとう」「いいさ」「堂島くん」「今度はなんだ」「文化祭が終わったら、どうするの」「どうって」「神之木セックス・ピストルズブラック・シープ(ス)、どっちでやっていくの?」少し考える堂島、やがて、「今は、そんな先のことはわからないな」と答える。そっか、と微笑むひなた。そして、進行役のナレーション、元々プログラムにないので、たどたどしい。「えー、続きましては、神之木エックスピストルズの演奏で――」セックスです。ま、間違えちゃだめ、ですよ。